またまた交通マナー?

前にも方向指示器の出し方などのことを書いたが、最近、立て続けにそういうことがあった。

その車は紅葉マークを付けており、そういう運転はあまり上手ではありませんと、知らせているかもしれないけど、車の横についているミラーをなんていうのか忘れたけど、サイドミラーでいいのかな?

とにかくそれを折りたたんだまま運転をしていて、右に曲がるときに、

最初は直線側にいたから、自分はちょうどいいと思い、右折車線に入って右に曲がろうと思ったら、その車はいきなり右折車線に入ってきて、入ってから右折のウィンカーを出して、ゆっくり曲がって行った、気持ちを抑えてクラクションもしなかったし、パッシングもしなかったけど、そのあとがいきなりペースがゆっくりになり、こんなのと付き合ったられないと、抜いた。

そして、今度はその帰り道、40キロ道路をずっと35~40キロ未満で走っている軽トラがいて、その前までは直線が多かったからか、それなりにスピードも出ていたから、別にいいかと思っていたんだけど、カーブの多いところに来たら、制限速度未満。

さすがに、その時はカーブが多くて抜くのは危険だと思い我慢はしたけど、カーブが終わったら、スピードを上げてきたけど、先に道がまたカーブが続くのがわかっていたので、直線で抜いた。

自分も20年後くらいには紅葉マークを付けなければいけない年齢になるけど、紅葉マークの人は免許書き換えの時に、ちゃんと運転ができるか試験をして、合格基準に達してから、運転させてほしい。

本人は面倒だとか、金が掛かるとか、文句は言うだろうけど、まともに運転できない状態で走られても、その迷惑運転は甚大だ。

国では何もできないのであろうか?

車の性能を上げるよりも、運転する人のレベルをチェックさせた方が今後は変な費用もかからないと思うんだけどな。

ウィンカーの出し方

私は人より多く教習所に行っている。

免許取り消しになって、教習所に改めて行っているわけではない。

いろいろな免許を取ろうとして行っているうちに、そうなってしまっただけだ。

昔の自分は、ウィンカーを早く出す人は免許取り立てだと思い、馬鹿にしていた感があった。

ただ、自分も最後に教習所に行ったのは約3年前。もう取り立ての時期は過ぎている。

ただ、その時に初めてに近いくらい、ウィンカーの出すタイミングについて、納得できたことを教わった。

後続車に追突されないためにも、減速する3秒前には出す。

最近のドライバーたちは曲がる瞬間とか、止まってからウィンカーを出す人が多い。

後続車はウィンカーなども大切な情報源だ、それを見て、予測して運転をする。

でも、現在はそういうことを分かっていないドライバーがほとんどなんだろう。

こういう悩みはだれに言えばいいんだろう。

警察に言っても、通り一遍の回答で終わってしまう気がする。

「追突しない車間距離を守ってください」

こんな回答で終わるんだろうな。

最近の人たちはAIと話しているように感じる、人間性を感じない。

ただ、事務的に表情をつくらず答えればいいと思っているんだろうな。

ウィンカーを出すのが遅すぎるという取り締まりはないものなのか・・・。

 

米の値段

米の値段が高くて困るという事をよく聞くが、米の値段を5キロ2000円台で

売るようにするのは米を作っている人たちに国から不足分を支援しなければ、

日本産の米じたいがなくなるかもしれない。

米を安くすればいいということだけを考えたら、後継者は育たない。

誰も苦労するのをわかって継がせようとする人はいないだろう。

自身の経済的な事だけを考えて、米を作っている人の経済的な事考えて

意見しないと、今より悲惨な結末になると思う。

米の値段

米の値段が高くて困る。

ということをよく聞く。

しまいには備蓄米を出して、それを5キロ2000円以下で

売っている。

少し前の記事で米は5キロ2000円台が適当なような記事を見た。

そういうふうに考えている人は米を作っている人の現実を知らないのであろう。

農家の方に不足分を国から支援してくれるのなら、いいけど、その売値だけで

生活していくというのは、後継者が育たないと思う。

誰も自分の身内に苦労を掛けたくはないだろう。

だから、安く叩かれるくらいなら、作らなくなるか、自分の家の分だけとかという事になりかねない。

それで米の供給は減る。そういう原因を安ければいいとしか考えていない人が

作っているのだろうという事をわかって欲しいと思う。

 

後悔について(ちょっと思ったこと)

昨年の11月から身内で看病しなければいけなくなり、

こっちのことができずにいた。

結局、不幸になってしまったが、苦しんでいた姿を見てきたので、

半分しかたがないかと、その時は思った。

ただ、自分なりに後悔の無いようにと思って看病したつもりだった。

「後悔先に立たず」

こんな言葉があるが、後悔の無いしぐさというか、行動はないのではないか?

と思った。

自分がしてきたことについて、自分自身、できることはほぼやったのではないかと思っている。

でも、まだ何かできたのではないか?と後悔してしまう。

亡くなってしまった人に「どうだった?」とは絶対に聞けないが聞いてみたい。

自分の行動はどうだったのかを。

それが聞けないから、あれで良かったのか?ああしておけば良かったのか?

とか、いろいろ後悔しながら考えてしまう。

だから、「後悔先に立たず」ではなく、「後悔はついて回る」の方が合っている気がした。

あとはどう切り替えるかだけだと思う。

なんとなく、「時間が解決してくれる」

それしかないのかな?と思った。

志村けん

志村けんがコロナウィルスで亡くなった。

まだ、現実を受け止められない。

小学生の頃、8時だよ全員集合でよく笑わせてもらった。

ヒゲダンスや早口言葉。東村山音頭もあったな。

志村けんのお笑いについては自分の生きていく上で

参考にしてきた事も結構ある。

体が元気なうちは体に無茶をさせてもいいだろうということを

してはいけないんだなと今回の事で思った。

自分の歳について、自覚がなければ大丈夫という考え方は

やめた方がいいんだな。

年相応の行動も大事なんだな。

ただ、年相応ながらも、大丈夫と思って行動してしまう自分も

いるのだろうな。

志村けんさん。ありがとうございます。

心からご冥福をお祈りいたします。

レンコン

今年の秋くらいからレンコン畑の整備の仕事を手伝っている。

昔はレンコン畑が近くにない所で育ってきたため、新潟に引っ越しをして

初めてレンコン畑を見て、これはなんだ?という状態だったのが

今では足場の悪いレンコン畑もある程度は歩けるようにはなってきた。

昨日もレンコン畑の周囲のあぜ道に土を盛って、水を高く張れるよう

してました。

土あげをするために掘る場所に草が多くあったのでそれを取ってから

土あげをしようとしていたら、偶然、残ったレンコンがあって、何となく

手探りで掘り起こしました。

意外と大きくて、その畑の人から種にするにはまだ早いから上げると言われ

持ち帰りました。

最近はコロナウィルスのことで外に出てはいけない風習な気がするが、外での

作業は楽しい。

レンコン畑を歩くだけで体感を鍛えられる気がする。

何が幸せなんだろうと考えるとお金があることに越したことはないが、

健康の維持に対しては体を使う仕事を覚えた方が長い間人生を楽しめる気が

して、今の仕事が好きになっています。